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菊澤 研宗さんに聞く
stern2001-04-12 (5214)

防衛大学校 人文社会科学群 公共政策学科・総合安全保障研究科教授

今回は昨年11月に「組織の不条理――なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか」(ダイヤモンド社刊)を出版された菊澤研宗・防衛大学校教授にインタビューした。「組織の不条理」は、「組織の経済学」として知られる新制度派経済学のアプローチによって、旧日本陸軍および現代の日本企業の組織行動を分析した話題の書。一見、非合理に見える組織行動の背後にある人間の合理的行動を明らかにし、個々の人間の合理的行動がもたらす組織の“不条理”をどうすれば防ぐことができるのかを示した経営書である。菊澤教授は1993年から94年にかけて、客員研究員としてスターンビジネススクールに在籍された。


Q、「組織の不条理」を執筆されるきっかけは何だったんですか?

すでに15年以上前に出版された本ですが、「失敗の本質−日本軍の組織論的研究」(ダイヤモンド社刊)の影響が大きいですね。この本で日本陸軍の組織に対する関心が高まりました。「失敗の本質」は綿密な事例分析によって、まさしく日本軍の“失敗の本質”を明らかにしようとした本ですが、“完全合理的”な立場にたって「日本軍はだめだった」というのが結論です。これに対して、“限定合理的”な立場にたって書き上げたのが「組織の不条理」です。

Q、“完全合理的”、“限定合理的”立場の違いは?

人間はすべての失敗を事前に予測することはできませんし、ましてや事前に抑止することはできませんよね。ところが、完全合理的な立場というのは、現在から過去を振り返って、本来、事前に予測・抑止できたという神のような立場から歴史を分析し、こうすべきであったと提言します。歴史をそんな立場で裁いてみたところで、益するところは多くありません。それよりも、人間は限定された情報のなかで意図的にしか合理的に行動できないという前提にたって歴史を分析するほうがはるかに学ぶことが多いんです。

Q、日本陸軍といえば、その非合理性、硬直性から最悪の組織の典型と言われていますが?

確かにガダルカナル作戦やインパール作戦をはじめとして、日本陸軍には不条理な行動がたくさん見られます。本のなかでもこの二つの作戦を分析していますが、その組織行動の背後にはそのときどきに合理的な選択がなされていました。ガダルカナル作戦での白兵突撃戦術へのこだわり、多くの関係者が成功を疑っていたインパール作戦の実行決定なども、現代にも見られる既存戦略・商品へのこだわり、モラルハザード現象に通じるものが見えてきます。

Q、一方で不条理を回避した例として、ジャワ軍政・硫黄島戦・沖縄戦を取り上げてられています。

ジャワでは今村均中将が穏健統治を展開し、効率性の観点からも倫理的観点からも評価されています。また、終戦間近の日本陸軍の戦闘、とりわけ硫黄島と沖縄での組織的戦闘は、今日、米国でも高く評価されています。日本陸軍は敗退する中で、効率的に資源を利用するために自主的に組織変革しているんです。これらの事例は現代の企業が直面している問題の解決に大変参考になるでしょう。

Q、“強い組織”とはどんな組織でしょうか?

リーダーが消えても生き続ける組織、といえるでしょうか。たとえば、ペリリュー島の戦いでは、中川大佐がはじめて洞窟陣地・持久戦術を適用して米軍を悩ませましたが、大佐が自決した後も部隊はなお組織的に米軍と戦っていました。同様に、硫黄島戦でも栗林中将が自決した後も、部隊はなお米軍と戦っています。これらの部隊の兵士は、いずれも指揮官の強制的命令に従って戦っていたわけではありません。兵士各自が指揮官の戦術を一度は自問し、各自が納得して戦っていたのです。そのような組織にはリーダーによる強制という概念がないので、リーダーが消えてもなおミッションに従って組織として自律的に生き続けます。これが強い組織です。これに対して、弱い組織では、リーダーが自らを完全合理的だと思い込み、批判的議論を避け、絶えずメンバーを強制します。このような組織では、リーダーがいなくなると、強制が解けるので、組織はバラバラになるわけです。その点、トヨタは強い組織といえるでしょう。豊田家以外から経営者が出ても、なお自律的に進化し続けています。

Q、近年、日本ではコーポレートガバナンス・株主主権が叫ばれています?

株主主権でも、従業員主権、債権者主権でも、単一の主権ではよくありません。とくに、今の日本で必要なのは株主主権か、と言われるとうなづけないですね。社会的にみて企業を存続させるよりは清算したほうがいい場合でも、限定合理的な株主と従業員は自己利害を追求するために共に企業を過度に存続させる方向に進みます。これに対して、限定合理的な債権者は、逆にたとえ企業を清算するより存続させるほうが期待収益が多い場合でも、過度に企業を清算しようとします。これら利害の異なる複数の主体が批判的に議論し、互いに交渉取引して利害を調整することによって、企業経営は社会的にみてより効率的な方向に進みます。したがって、今、コーポレートガバナンスに必要なのは、実は債権者、とくに銀行がもっとしっかりすることです。そうすれば、日本企業は回復します。

Q、強いリーダーは必要ないんでしょうか?

絶対権力は腐敗していきます。強いリーダーの有無よりも、リーダーと参謀たちあるいは何人かのリーダーたちが自らの限定合理性を自覚して互いに批判的に議論し、自由に交渉取引して利害を調整しているかどうかが重要です。たとえば、日本軍の弱さとして、陸海軍をまとめる強いリーダーがいなかったことを挙げる人がいます。しかし、開戦当初は陸海軍の連携がとてもよかった。これは陸海軍が相互に批判的でありなからも、ちゃんと相互に交渉取引を行って利害を調整していたからです。そのような交渉取引によって、日本軍は全体としてうまく資源を配分していたのです。それがだんだんと交渉取引しなくなり、一方が主導権を握りはじめたために資源は偏って配分されるようになりました。また、恐怖・力によって強制的に社員を動かすようなリーダーもだめです。もっと強い恐怖・力がきたときに、メンバーはその力に揺り動かされるので、そのような組織は非常に脆いものとなります。リーダーが自らの限定合理性を自覚し、命令をメンバー一人一人に自問させ、納得させて動いている組織が強いのです。

Q、限定合理的な立場からみた理想のリーダー像はありますか?

上にいけばいくほど“カミソリ”ではなく“ナタ”でなければいけない、というのがうまくリーダー像をいい表していると思います。東条英機なんかにもいえると思いますが、頭が切れすぎると心配で人に任せられなくなり、集権化の方向に行きやすい。また人もついてこない。少し鈍くても、押さえるべきところだけ押さえておけるナタぐらいのほうが、分権的になり、人もついてくる。胆力の大きさ、私心のなさといった点の重要性も、限定合理的な立場から見えてきます。


組織の不条理さらに詳しくは「組織の不条理」をぜひお読みください。アマゾンでも、以下のページでご覧になれます。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/447837323X/ref=rm_item
また、「週刊エコノミスト」2000年12月26日号と2001年2月13日号でも、菊澤教授の著者インタビュー・論文「雪印・三菱自動車で発生した“組織の不条理”」がご覧いただけます。

「組織の不条理」プロローグより抜粋
ガダルカナル戦で、インパール作戦で、なぜ日本軍は不条理な行動に陥ったのか。
これまで多くの正統派研究者は、こうした組織行動を、日本軍に内在する非合理性が導いたもの、戦場という異常な状況でのみ発生する例外的な行動であり、日常的にはほとんど起こりえない異常な現象とみなしてきた。
しかし、このような不条理な行動に導く原因は、実は人間の非合理性にあるのではなく、人間の合理性にある、というのが本書を貫く基本的考えである。
しかも、このような不条理な行動は決して非日常的な現象ではなく、条件さえ整えばどんな人間組織も陥る普遍的な現象であり、現在でもそしてまた将来においても発生しうる恐ろしい組織現象なのである。


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